top of page
検索

2024年4月6日 - 7日 40周年記念行事

大島、大塚、大波、岡部夫妻、金井、兼高、川島、君塚、小圷、菅井、高橋京子、

高橋佳更、対馬、坪山、寺井、中岫、中村、長谷川、渡辺正志、渡辺夫妻

 

鋸山  4月6日

浜金谷に集合、電車にフェリー、車と思い思いの交通機関で集まってきた。

歩いて登るグループと大塚、兼高、中村、渡辺会長の4人はロープウェイに分かれ出発

とりあえず片道のキップを買いロープウェイに乗り込む。誰も地図を持っていないことに気づきロープウェイのパンフレットをもらう。降りると目の前に山頂の看板、ここが山頂?パンフレットの地図は山頂も示していない日本寺周辺で全く役に立たなかった。

700円の拝観料を払い百尺観音、地獄のぞきに行って下山をした。管理所の人に急で滑りやすいと声をかけてもらった。石段も壊れていてそのうえ濡れて滑りやすい、顔を見て注意してくれたのではないようだ。ゆっくりと休みながら下るが長い階段が続く。

鋸山はあちこちにあるがどこもアップダウンの大変な山でこの千葉県の鋸も侮れないなと思いました。

 

祝いの宴

コップにビールを注ぎはじめたので会長挨拶の挨拶からとはいかず乾杯の音頭から始まり、次の会長挨拶はみんな聞いていたのかな、海の幸の料理にお酒、おしゃべりは盛り上がる。40周年企画メンバーによるサプライズ、市川さんデザインのTシャツのプレゼント。行きたい山の発表してもらう。

二次会は別室で、あんぺいじの足跡がわかるようにと会報1号からをファイルに収めたものと写真などが用意され懐かしんだり、10年前、20年前は若いね、この人だれ

山の話は尽きない、山の数だけ話がある。Tシャツを着ての集合写真を撮りました。

 

あんぺいじ40年

40年前、会の発足時はみんな40代、50代で若かった。体力も好奇心もあって雪山、バリエーション、岩登り、沢登り、テント山行が当たり前でした。

誰が言ったのか「ハイキングからチョモランマまで」チョモランマに登った人はいませんがかもしか山行というのもありました。夜中から歩き始め、ヘッドランプを付けいても足元が見えなくなるという眠気と戦いながら、10時間以上歩くという苦行です。

またハイキングに鉄板とお酒を持っていき山頂で飲み会、登山者がいなくなったころに、ほろ酔いで下山。テント山行ではおしゃべりが過ぎて「うるさい」とおごられたことは数知れない。そんな人が現在に至っているのだから。大人になった?いえシニアになったのです。安心、安全に登山するようになりました。あとから入ってくる人と刺激しあってどの様に成長していくのか50周年も楽しみです。

                             兼高

最新記事

すべて表示

あんぺいじ40周年記念山行 千葉・鋸山 山行報告

日 時  令和6年4月6日(土) 参加者  L渡辺(孝)、SL渡辺(正)含め約20人 参加者と浜金谷駅に11時半に集合し、鋸山登山を開始しました。L渡辺(孝)グループはロープウェイ利用、SL渡辺(正)グループは登山道でそれぞれ頂上に向かいました。天気予報は曇りから雨で、雨が降る前に終了できればと思いました。登りは表参道を利用しましたが、始めの階段が急登で大変でした。天候が良ければ東京湾一望のはずで

2024年3月15日 - 17日 熊野古道

日時 令和6年3月15日(金)~17日(日) 参加者 L渡辺(正)、金井、高橋(京)、豊中、長谷川、矢代 敬称略 15日(金)朝、自家用車にて各待ち合わせ場所で合流し、羽田空港駐車場から飛行機で南紀白浜空港着後、路線バスで新宮大社に予定どおり到着しました。天気は快晴で気温が高く申し分ない天候でした。宿に荷物を置き昼食後新宮大社を観光しました。威厳があり威風堂々とした雰囲気でした。その後大鳥居を観光

2024年3月10日 走ろう会

於:狭山公園           係:渡辺孝志 ランナー:  渡辺→ 君塚→ 孝志→ 長谷川→ 正志 記録   59分35秒 25位/27チーム 応援  :  大島、大波、金井、兼高、川島、小圷、高橋京子、高橋佳更 対馬、丸山、渡辺千恵子 梅かおる 走ろう会に ひな祭り 水温むころ古の平安京で、せいしょうさんか村さ来さんか、詠まれたという… そんな由緒ある、待ち焦がれた「走ろう会・駅伝」 天気も良

Comments


bottom of page